ダウン・ツ・ヘル 〜down to hell〜
著者:shauna


夜明けよりも5時間も前。
最近は仕事が立て込んでいたため、シルフィリア自身、街に来るのは数カ月ぶりだった。
そして、大抵、街に来るのはアリエスとであり、のんびり映画を見たり、食事したり、時には買い物を手伝ったりと、それはまさしくデートの模様であり、故に街に来ることはそれイコール楽しい、ウキウキするようなことなのだが・・。
今日は違った。
まず、一人だ。
そして、今から待っているのはどう考えてもウキウキなんてするようなイベントでは無い。
東門から入ったシルフィリアはまず、大通りを真っ直ぐに歩き、町の西門へと出てから右折、二番街を越えて三番街に辿り着く。
そして、そこから路地を一本入り、裏通りに。
途端に鼻に衝く酒と煙草の匂いに僅かに顔を顰めながら、路上で飲酒、喫煙、女とイチャつく男、自分をナンパしてくる男達を退け、さらに奥へと向かった。
そして、そこには確かにその店があった。
「クラブ・ナイトメア・・」
オレンジと紫のネオンの輝くその店の入り口はまるで地獄への入口とでも言うように、地下へと通じている。
本来なら絶対に行きたくない店だ。そもそもこの手の店は生理的に受け付けない。アリエスと一緒ならオシャレなカフェで紅茶でも飲むのに・・。
そんな無駄な思考をしながら、シルフィリアは一歩一歩と石段を下がっていた。
そして、目の前にある古びた扉を開ける。
同時に耳を貫く音楽。踊り狂うあられもない姿の男女。スモークが焚かれた店内では七色の光が刺すようにそこ彼処を行ったり来たりしていて目が痛くなる。
そんな中でシルフィリアの目線がある一人の男を捉えた。
全身に装備しているのは灰色の騎士甲冑。一人カウンターで酒を煽る彼はどう見ても浮いた存在だった。
人々をかき分け、シルフィリアはその男の元へと歩み寄る。
そして・・。
「血文字はあなたの仕業ですか?」
シルフィリアの口から発せられた一言に男が反応した。
髪はブロンド。釣り目の顔をしたその男は立てかけたあった大剣を腰に差すと「ついてこい。」とひとこと言って店内の臙脂色のカーテンの中へと消えていった。

シルフィリアもすぐに後を追う。
VIPルームだった。先程とは打って変わって天井にはシャンデリア。壁には深紅のカーテンが掛けられ、床にはガラスのローテーブルと高級そうなソファ。
そして、そこにまた多数の女性に囲まれ、男が座っている。
 まだ若い男だ。年は20代前半といった処か・・。パーマをかけたみたいにクルクルした茶髪を持った育ち過ぎた猟犬を思わせる男だ。
 「ようこそいらっしゃいました。」
 男は恭しく手を揉んだ。
 「フェルトマリア卿。わざわざお呼びたてしてすみません。私の部下が残したプレゼント。気に入ってもらえましたか?」
ニタニタと不快な笑みをこぼすその男を出来れば今すぐ殺したい衝動に駆られるが、それをなんとか抑え込み、シルフィリアは話を続ける。
「7つ程聞きたいことがあります。」
「答えましょう。」
男はあくまで偉そうだ。
「あなたは誰です?」
「これは申し遅れました。我が名はエリック=ビクトール=ド=ソレイユと申します。もちろん、偽名ですが・・。以後お見知り置きを。」
 「二つ目の質問です。」
 一切の礼節をわきまえず、シルフィリアが問う。
 「誘拐した皆はどこです?」
エリックは部屋の隅に居た先程の灰色の鎧の男に顎で指示をする。男はスルスルと傍にあったカーテンを引いた。そこには僅かな空間があり、その真ん中に大きな鳥籠が置かれていた。そして、その中。
「シルフィリア様!!」
助けを求める計34の瞳が涙を流しながらこちらを見つめていた。
少しだけ顔を優しくして「大丈夫です。すぐに助けてあげます。」と言って微笑む。
「約束の物さえお渡しすれば、彼らを無事解放すると約束しますか?」
「もちろんですとも。取引さえ終われば、神に誓って必ず彼らは解放します。」
「三つ目の質問です。」
一切、表情を変えず、厳しい怒りの瞳のまま、シルフィリアは続けた。
「あなた方の目的を教えて下さい。」
「なに、単純な願いですよ。」
エリックはソファから立ち上がり、部屋を徘徊しはじめた。
「私はしがない貴族の息子で父はその現在、その当主です。しかし、父はこんな地位にいつまでも胡坐をかいていたくない。出来ればさらに上へ。さらに高い所へと望むのが男の性。父は皇帝になりたいのです。」
「スペリオル聖王国のですか?ふさわしくありませんね。」
「エーフェのですよ。」
エリックの言葉にシルフィリアの顔がさらに厳しくなる。
「なら尚のこと。どこの貴族か存じませんが、このような行為に及び、なおかつ本人は姿を見せない者如きが世界の王になりたいなど、口にするのもおこがましいです。」
「果たしてそうでしょうか?父には世界をまとめるカリスマ性もあるとおもうのですが・・。」
もはやイラつくなんてレベルじゃない。シルフィリアはさっさと話を進める事にした。
「では、4つ目の質問です。何故、あの子達を巻き込んだのですか?例の物が欲しいなら私に頼んで直接交渉すると言う手もあったでしょう?」
「それは簡単です。」
エリックがニヤッと笑った。
「こうするのが一番手っ取り早くて簡単だからですよ。効率を重視したまでのことです。」
「・・・・・5つ目の質問です。なぜ、今回セイミーをあんな状態にまで追いやったのですか?彼女には罪はないはずですが・・。
それと、もう一人、旅の剣士がいたはずです。何故彼の血で文字を書き、私をわざわざ挑発するようなことを?」
「失礼ですが、セイミーとは?」
「猫の耳と尻尾を持ったメイドです。」
「ああ・・あの子ですか・・。」
エリックが思い出したように語り始める。
「私達が子供達を連れ去ろうとした時、たまたま彼女が夜食のクッキーを持ってきました。彼女はすぐに止めに入った。いやはや、意外と強いのに驚かされましたよ。あれほど強力な使い魔を維持するのは大変でしょう?」
「質問に質問で返さないでください。何故、ボロボロになるまでイタぶったのかを聞いているのです。」
「いや〜お恥ずかしながら部下の教育が成ってません故、申し訳ありません。部下が仲間を数人殺されかけた為に逆上しまして。
しかし、私の兵士も随分と被害を被りました。おあいこでしょう?剣士の方は折れたエアブレードで戦っていたのに強かったですよ。
でも、流石に10対1では勝ち目がなかったみたいですね。彼の血で書いたのはその方があなたが状況を理解しやすいと考えたからです。
普通に書いたのでは、もしかしたら何かの悪戯かと思われるかもしれませんでしたから。」
よく言う。屋敷をあんな状態にしておいて・・・・
「・・・6つ目です。ブリーシンガメンとニーベルングの指輪のことをどこで知りました。」
「どこでというと?」
「全てです。どこでその存在を知りました?どういう経緯で?何故私が持っていると分かりました?」
「まず、どこでその存在を知ったかですが、単純に本ですよ。エーフェの歴史書に皇国の至宝の一つとしてそれぞれの名と能力が刻まれていました。
最初はお伽噺かと思いましたよ。何しろ、それらはスペリオルで可能な範疇を越えていましたからね。でも、ある人間がその存在を教えてくれました。」
「誰です?」
「申せません。父宛の匿名の手紙でしたので・・。それにはそのスペリオルの使用経歴とあなたが持っていることが記されてました。」
「・・・なるほど・・。」
シルフィリアはポケットに手を入れて直方体の黒い箱を取り出し、それを開けた。中身は琥珀製のネックレスと銀色のシンプルな指輪だった。
「ネックレスがブリーシンガメン。指輪がニーベルングです。」
「すばらしい。」
エリックの瞳があからさまにランランと輝く。
「では、7つ目です。」
渡す前にシルフィリアの顔が一層厳しくなる。
「何故、質問に正直に答えたか?それだけ教え下さい。」
「何、簡単なことですよ。」
エリックがそう言った途端だ。壁のカーテンが一斉に開き、そこから杖を持った魔道士達が姿を現した。いずれも黒いマントで体を覆っている為、顔こそ分からないが、杖を一斉に向けられているこの状況からして素人ではあるまい。なるほど・・・
「『どうせ死んで貰うのだから、最後ぐらい真実を教えてやろう。』といった処ですか?」
「いいえ、残念ながら違います。」
エリックがそう言い終るとすぐに隣にいた騎士甲冑の男が手を振りおろした。
「やれ。」
その一言でシルフィリアに一斉に魔術が放たれる。
「不均衡音波(クラッシュ・ノイズ)!」
刹那、シルフィリアが上に大きく身長の2倍以上を跳躍した。
放たれた魔法は丁度対角線上の敵を一掃する。
しかし、
「動くな!!」
その言葉にシルフィリアの動きが止まった。先程の灰色の騎士甲冑の男が人質に向かってサーベルを突き立てているのだ。
当然のごとくその子は泣き喚き、助けを乞うている。
「次に少しでも動けば、このガキの命はない!」
シルフィリアの動きが完全に静止したのを見てから男はもう一度、大声で「やれ!」と指示を出す。
先程の共倒れから生き残った僅かな魔道士達が術を唱える。
「不均衡音波!!(クラッシュ・ノイズ)」
攻撃はシルフィリアに命中。当然、体は麻痺して動かなくなった。
そして、そこにエリックが近づき、
「もらうよ。」
そう言って、シルフィリアの手元から黒いケースを奪取した。
「鑑定士!!」
エリックが叫ぶと、カーテンの向こうからヨボヨボの老人が姿を現した。
「これは本物か調べろ!」
その一言に鑑定士は「ちょっと拝借」と言ってスペリオルを調べる。そして、3分後。
「本物に相違ありません。」
そう言い残してケースをエリックの手元に戻し、再びカーテンの向こうに消えていった。
「では試してみようか?」
エリックがそう呟く。
そして、琥珀のネックレスの方を首にかけ、シルフィリアに向かって視線を送った。
スッとシルフィリアの体から力が抜ける。
「自分で回復できるな?」
エリックの言葉にシルフィリアは
「仰せのままに・・。」
頬を赤らめながらそう応えた。
シルフィリアは杖を呼び出し、短く「ピュアラル(体内浄化)」と回復呪文と唱え、体にかかった麻痺呪文を解く。
「お前は私の何だ?」
エリックの問いかけに対しシルフィリアは・・・
「あなた様の奴隷にございます。」
立膝になり、頭を垂れ、眼をウルウルとさせ、頬を赤く染めながらそう応える。
「お前は見返りに何を望む?」
その質問に対しても・・・
「それでは、あなた様の幸せを。それと出来れば、エリック様の御心を頂戴しとうございます。」
同様に答える。まるで恋でもしているかのように・・心の底から彼のことを愛おしくおもっているように・・・
「ハハハハハ!!!!!!!」
エリックがこの世のものとは思えない程邪悪な高笑いをした。
「見ろ!!成功だ!!素晴らしい!!」
周りの兵士が彼に対して賞賛の拍手を送った。
「人間だろうが魔族だろうが神だろうが、その装着者が対象に選んだ時、その者の虜とする首飾り“ブリーシンガメン”!!
我々はついに手に入れた!!世界を落とす力を!!剣を!!神を!!」
「おおーーーーー!!」
追随するように兵士達が雄叫びをあげる。
「手に入れたぞ!!ヴェルンドの遺産!!“幻影の白孔雀”を!!」



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